【Culture Club Magazine vol.3】写真サークル Film

【Culture Club Magazine vol.3】写真サークル Film

東日本大震災から今年で10年。遠い記憶の中に残る当時の衝撃を、今どれくらい思い出せるだろうか。

今や、ニュースで目にすることも少なくなった東北の姿を、この10年間欠かさず撮り続けてきた若者たちがいる。

写真サークルFILMの想いと、変化する東北の姿に触れてみよう。

 

Writer / Chihiro Imazu (BOY MEETS ART)

 

Culture Club magazine 連載第三号。今回インタビューを行ったのは、大阪教育大学写真サークルFILM。代表の梶永たみさん(21)にお話を伺いました。

東日本大震災を機に発足したFILMは、その後10年に渡って東北の姿を撮り続けてきました。震災発生から10年になる今年3月、カルチャークラブでの展示「生きる〜10年分の東北〜」を開催し、被災地の今を伝え続けます。

活動について

━━今津:まず初めに、FILMの具体的な活動について教えてください。

梶永さん:私たちは大阪教育大学の写真サークルで、約20人で活動しています。活動の軸としてあるのは、東日本大震災の取材なのですが、その目的は、「(現場の様子を)大阪に持ち帰ってきて、広める」ことです。

サークルの初代の人たちが最初からやってたのは、大阪教育大学内のサークルや部活動に撮影に行くことで、FILMの人たちは写真を撮ってくれる人という認識をもってもらえたり、学内での繋がりを広めていくことで、いろんな人に写真展に来てくれるように、そんな繋がりを持つために、部活動の撮影に行っていました。なので、活動自体は大きく分けて、東日本大震災被災地の取材、部活動の写真撮影、メンバー内で写真を取りに行く、という3本立てですね。

━━なるほど。今回の展示も、FILMの繋がりで様々な方が来てくださってましたね

そうですね、実際、部活撮影の繋がりなどがあったので、FILMがやるなら行くよと言ってくれる人たちもいました。

 

写真サークルFILMの皆さん

陸前高田へ

━━FILMの方々が陸前高田を撮り始めたきっかけは何だったんですか?

東日本大震災の翌2012年が、活動の始まりでした。もともとサークルとして始めたわけではなくて、佐藤遥さんというFILMの創設者が東北に足を運んだ際に、何か見てきたものとか感じたことを大阪で発信しないとと思い、同じく東北に興味のあった人と組んで写真展を始めたっていうのが始まりです。その延長線上でFILMがサークルとして形になっていった感じですね。

もともと写真が好きな人とか雰囲気で入ってきてくれる人も、もちろんいますが、彼らもFILMの活動の中で、東北について知ることもありました。先輩から語りづかれていく感じで文化として残っている気がします。

━━東北まで足を運ぶのはそう簡単なことではないと思うのですが、それでも毎年実際に訪問しているんですね。

そうですね、私も初めは先輩が行くと言ってるからついていくという感じであったんです。でも、一度足を運ぶと東北の人々の前向きさに圧倒され、何か見たものをどうにか自分たちで伝えていきたいと思うようになりました。現地では、実際に民泊に留まり、人々と触れ合う中で、被災地の方々とは家族みたいな間柄になっていくんです。それで東北が好きになってまたきたいとなる人は多いですね。あと、フィルムを創設した人から言われているのは、「継続を大事にしていく」ということ。私たちが一番にやることは足を運んで繋がりを絶やさずに発信していくことなので、この思いをみんなが共通して持っています。

━━継続をしていくこと、それがこの10年の間、文化として残っていることが本当に素敵だなと思います。

私自身、ずっと民泊では同じ人の場所に泊めてもらっていて、向こうの方々は私を孫みたいに可愛がってくださるんです(笑)たまに電話もくださりますし、ちょうど昨日、写真展のお祝いに陸前高田のマスカットサイダーを2ダース送ってくださったんです。そのつながりが本当に暖かくて、私たちも実家に帰るような感覚で東北へ行っている感じがありますね。そのような思いがあるからこそ、東北のためにもっとできることを探し続けているし、東北の人たちが好きだからこそ、続けていける。この思いが一番大きいです。

━━東北に行ったことがなく、その存在が結構遠いと感じる人たちは多いと思うのですが、みなさんが毎年東北に向かうのは、そういった心の距離を大事にしている部分があるからなんですね。

 

震災直後に撮影された校舎の時計

 

写真という媒体

━━東北に何かできるか、という気持ちの体現として写真を媒体に選んだということですが、その意図はどういったものですか?

活動の始まりが写真展だったのでという理由ももちろんあります。加えて、これは私個人になってしまうかもしれないのですが、写真って唯一その時の感情や温度、その裏の思い出を閉じ込めておけるものだと思っています。メンバーが20人いたら、20人分の物語の切り取り方がある。ずっと昔の一瞬を、その人の切り取り方で、形に残しておけるという意味では、やはり写真が一番わかりやすい媒体だと思っています。

━━なるほど、東北を撮るときに意識していることはありますか?

写真って楽しい時とか、綺麗だなと思うものを撮るものって印象があるかと思いますが、東北取材は少し違います。毎回、「今回はこういうテーマで取材をしよう」というのを決めてから行くので、それぞれが解釈し、意識して切り取るものは変わってきます。取材の初期の方は「復興」というテーマでやっていたので、瓦礫とか心がギュてなるようなイメージの写真が多い印象ですが、年が経つに連れてテーマも変わってきて、最近では「東北の魅力」をテーマに、東北の人々の明るさや心の豊さを画面に収めてきました。

 

 

写真展『生きる〜10年分の東北〜』

━━今回の写真展「生きる」では、10年間の東北の変化を写真だけでなく、ボードや手紙などで丁寧に表現されていましたが、今回の展示会に込めた思いを教えてください。

今回の展示では、きてもらったお客さんに、明日からも頑張って生きようと思ってもらえるように、そんな思いを込めて準備しました。ギャラリー手前の方の写真は、震災直後の東北の写真たちばかりですが、部屋の奥の方に行くに連れて、時間を経て復興していく元気な東北の姿を映し出しています。

震災と聞いて、辛い、悲しいという負の感情が浮かびがちですが、頑張っている前向きな東北をお届けすることで、明日から私たちが「生きる」活力になれば良いなと思いたす。展示を見終わった後は、明るい気持ちで立ち上がれるように。そんな前向きなニュアンスが伝わっていれば、それ以上のことはないと思います。

 

東北の今

━━東北という存在の捉え方が、年々私たちの中で変わっていく感覚は少しあります。震災直後の東北はまるで悲劇の象徴でしたが、今は、元気や復興という強さの象徴になっている感覚です。10年を通して東北に向き合ってくる中で、東北はどのように変化してきたと感じていますか?

私たちが、毎年行っている陸前高田は震災が起きた翌年くらいから復興の作業にとりかかっていました。陸前高田は街のほとんどが津波に飲まれてしまったので、今は高波が来ないように、海が見えないくらい高い防波堤を建設したんです。後は嵩上げ工事といい、津波に飲まれないように、街自体を山から削ってきた土で盛り上げて高くするという工夫もしています。

なので、過去に津波にのまれた場所はもう誰も住んでおらず、それより上に住まなくてはいけない決まりになっています。実際、街には市場やショッピングモールができて、ものすごいスピードで変わっていきます。

でも、それが復興と言えるのかは、少し複雑な思いを感じることがあります。「復興」とは元の姿に戻ることを指すと私は思っているんですが、実際には、今までとは完全に違う街ができていく。少なからず、住んでいる方々もここは私たちの街なのか、という戸惑いがあるようです。東北の震災後、住民の半分以上は他の場所へ移住されたので、今の陸前高田は、とても綺麗なのに人がいない街、という感じですね。

ただ、陸前高田の方々は、多少戸惑いはあるようですが、皆さんすごく前向きで。ここにまた人が集まって、被災地から観光地としてみんなが訪れてくれるように、盛り上げていこうという思いを持っています。復興についての賛否はあるけれど、共通してこの場所を良くしていきたい、と感じているようです。

━━なるほど、、、私たちは、まるで復興していくことが素晴らしいと思っていますが、実際自分の住んでた場所がなくなり全く違う街ができるということは、複雑な部分があるんですね。

 

陸前高田の方々とFILMのメンバー

 

伝え続ける、東北

━━東北と関わっていく中で、梶永さんご自身に何か変化はありましたか?

全然違いますね(笑)最初は被災地に行くんだ、と先輩について行ってただけでした。でも、東北に行って、そこで出会った人と繋がりを持ったり、その土地の美味しいものを食べたり、街を歩く中で、被災地であることが間違いないが、好きな人たちの住む大好きな街(第二の故郷)になっていきました。今はあまり単に被災地とは捉えてなくて、知っている人たちがいる素敵な街という印象です。

━━これからも、FILMの皆さんの活動にインスパイアされる若者たちがいると思うのですが、これからのFlmの目標などはありますか?

私たちは、東北を被災地として伝えるだけでなく、魅力的な街として遊びに行ってもらうことがすごく大事だと思っています。先程言ったように、これは現地の人たちの願いもあって。観光地として人の集まる場所に戻って欲しいという声をたくさん聞いてきたので、そんな現場の人たちと会話してきた私たちだからこそ、これからも前向きな東北をどんどん発信していき、みんなに東北を好きになってもらえるように活動を続けていきたいです。

 

 

FILM
大阪教育大学の写真サークル。東日本大震災の発生を機に、2012年に活動を開始。学内での部活動撮影や東日本大震災の取材などを軸に写真活動をしている。
2021年3月にはカルチャークラブにて、写真展『生きる〜10年分の東北』を開催。震災から10年経った東北の今とその魅力を多くの人に届けている。

 

Writer / Chihiro Imazu @__09.chi__

 


 

友達と遊びながら、ゆっくり下校した。家に帰ると、父がテレビの前で固まっていた。画面に映る大きな波。流されいく建物。それが私の10年前の3月11日。その日の記憶である。

今回の展示で見えてきた、様々な東北の姿。笑顔を絶やさず、力強く生きる人々を見て、気づけばこちらが勇気づけられていた。

「自分たちのやり方で、魅力を伝え続けること」

震災から10年経った今も、東北に寄り添う若者たちが、今日も生きる力を伝播する。

 

編集後記 / Chihiro Imazu

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