「紫のりんごが肯定されるのがアートの面白さ」。自由になる勇気を得た、アーティスト下田優里

「紫のりんごが肯定されるのがアートの面白さ」。自由になる勇気を得た、アーティスト下田優里
2018年 『虎』
2018年 『John Lennon』

「私は鳥が歌うように、絵を描きたい」。NewYorkのMoMAでクロード・モネの代表作『睡蓮』を見たとき、その大胆さと自由な表現に思わず涙が出た。一体何分間あの絵の前に座り込んでいたのだろうか。

「自由」を感じさせる作品は、いつも「生きる」という事それ自体を肯定してくれる。

兵庫県朝来市のアーティスト 下田優里(しもだ ゆり)さんの作品はカラフルに彩られ、何かを押し付けることはなく、ただ鑑賞者を「当たり前」から解放する。絵を描くこと以外にも、お酒を飲みながら自由に絵を描く絵画教室「D&D (Drinking & Drawing)」を開催するなど、様々な活動を行う下田さん。今回は彼女がどこまでも「自由でいられる」、その理由を探っていく。

下田優里(しもだ ゆり)さん

人間関係に『不自由さ』を感じていた過去

インタビュー中も終始笑顔で楽しそうに話してくださった下田さん。しかし子供の頃は根暗で否定的な人間だった、と自身の過去を振り返って語る。取り越し苦労をしがちなので、人と一緒にいるより一人でいることの方が楽だった。二人姉妹の長女である下田さんは、人より気を遣ったり親の機嫌を伺うことが多く、小さい頃から人間関係に「不自由さ」を感じる瞬間が多かった。そんな幼少期に、彼女を自由にしたのが絵だったという。

「はじめは女の子の絵を描くのが好きで、たくさん書いてました。それが転じて漫画家を目指すようになった」と話す彼女は、普通の高校に通いながら独学で漫画を描いて、コンペに寄稿したりもしていた。

手探りで探した自由

オーストリアの建築家フンデルトヴァッサーは、直線は自然の対極にある、と説きそれを嫌ったため、彼の作品にはどれも曲線ばかりが使われている。彼にとって直線は「不自由」の象徴だった。

下田さんはハタチになった頃、突然漫画を描くのをやめてしまった。それは定規を使って背景を緻密に書かなければならないその作業にうんざりし、漫画を描くことに「不自由さ」を感じるようになったからだという。そこから今までずっと興味があった、油絵や水彩画などを始めるようになり、それが彼女の「自由」への探求を加速させた。

絵を通して人と繋がる、人の心に触れることで自分も変われた

元々根暗で、人と付き合うことにどこか煩わしさを感じていた下田さん。しかし油絵や水彩画を始め、展示会に出展するようになると、自分の作品を「好き」と言って買ってくれる人が現れ始めた。彼女にとってそれは製作をする上での大きな自信になり、もっと絵を描くことが好きになった。その頃から、画家と兼業でしていた市役所での仕事でも人のあたたかさに触れることが増え、いつの間にか「人と時間を共有すること」を楽しんでいる自分がいることに気づいた。1人でいるのが好きだった頃の彼女は、きっと今の下田さんを見て驚くに違いない。

そこから彼女は、絵を生業に生きたいと思い始め、今まで挑戦してこなかったもっと大きなことに飛び込んでみたいと考えるようになった。その時から漠然と「絵を教える」ことに興味を持ち始めていたが、まだどこか殻を破りきれない彼女は何かを新しく始められた訳でもなく、どこかくすぶったまま時間が過ぎていってしまったという。

そんな時、偶然、同時期に何人かの友達にオーストラリアでのワーキングホリデーを勧められた。直感でいくべきだと感じたという下田さんは、仕事を辞め、現地で通う語学学校すら決めずに、メルボルンへと飛び立った。

「自分を変えたい。何かを得たい。」その一心だった

人との出会いが、彼女に色々な形の「自由」を見せた

メルボルンがアートの街であることはご存知だろうか。街中に大小規模感も様々なギャラリーがあったり、ストリートアートが盛んだったり。それだけではなくアーティストを支援する体制も整えられており、日本人のアーティストも多く在住している。下田さんはそんな街で、アートの路上販売を行っていたある日本人の男性と出会い、まだ仕事を見つけていなかった彼女は自分自身も絵の路上販売を行うことを決意する。必要な物を街で調達し、人生で初めて路上にブルーシートを敷いて自分の作品を並べた。その時は、自分の殻を破ることに必死だったという。

路上で絵を売っていると、現地の人から似顔絵を描くことを頼まれることがとても多かったという。それも「似顔絵描きます」という看板を掲げてはいないのに、だ。そんな、自分たちの「好き」にしたがって生きるメルボルンの人たちと、絵を通じて触れ合い続けた日々を振り返って、「人の愛おしさを知りました。その人のいいところも悪いところも愛せるようになりはじめました。」と語る。

また、帰国前にお世話になったマーガレットさんとの出会いで「自分次第で人生はなんとかなる。もっと大胆に生きていい。」ということを教わった。マーガレットさんは、70歳にして丘の上で一人暮らし。ジョークが大好きでいつも大声で歌っているマーガレットさんだが、様々の物が大量消費されるこの時代に生きづらさを感じ、廃材を利用して教会を建てたりブランコを作ったりしている。「人生は自分次第!」という生き方で、いつもエネルギーに溢れている彼女は、いつしか下田さんの“ロールモデル”になった。

紫色のりんごが肯定されるのがアートの面白さ

下田さんは帰国後、メルボルンでのたくさんの学びや経験を生かし、これまでずっとやりたかった絵画教室を始めた。それもただ静かに教室で絵を描くのではなく、D&D(Drinking & Drawing):「お酒を飲みながら絵を描く教室」だという。そこでは、「上手い・下手」で絵が評価されることはない。そうした評価の枠組みから外れていかに「自由に」描けるかが楽しむコツだと彼女は言う。

「アートってなんだと思いますか?」と尋ねると、「日常生活になくてもいいけど、あれば彩りを与えてくれるものです。」と彼女は力強く答えた。この「彩り」とは、「自由」であり、彼女にとっては「豊かさ」なのかもしれない。

改めて彼女の作品を見てみる。「虎はこうあるべきだ」という固定概念から逸脱し、自由な配色がなされている。彼女の「自由」に対する考え方が滲み出た作品だ。

アーティスト下田優里の”これから”

D&Dで、自由に絵を描く楽しさを伝える喜びを知った彼女は、それを今度は子供達にも伝えていきたいと考えており、『Ain』という絵画教室を立ち上げるそう。Ainはスコットランド英語で「自分自身、自分の」という意味。他人に評価されるためではなく、自分の喜びや自由のために描く絵を楽しんでほしいという想いを込めた。

「自由になる勇気」を得た彼女は、次はその勇気を“与える側”として生きていくのだ。

Writer / Hamada Rin @008BMA
Photographer / Mitarai Go @gomitarai


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